PECS IV 会議報告

会議名: International Workshop on Photonic and Electromagnetic Crystal Structures (PECS) IV

期間: 2002102831

場所: Los AngelesUCLA.キャンパスが広いため,大学の外にあるホテルから会場となったSunset Villageまで徒歩で30分かかる.UCLA周辺はLAの中では比較的安全で,夜も雰囲気がよい.UCLA内は夜の治安が悪いと聞いていたが,全体に照明が明るく,あまり悪い印象ではない.

これまでと今回: LALagna Beach),仙台,St. Andrewsと世界を回り,LAに戻ってきた.参加者は約240名.これまでのPECSの中では仙台に次いで多い.他の2回は入場制限したためだが,比較的閉鎖的だったこれまでに比べ,分野全体が産業化をにらんで開放的になりつつあるようだ.

参加者: 当然だが,北米からが最も多く,日本と欧州がそれに続く.正確な人数はわからないが日本も多く,東大,京大,東北大,横国大,阪大,千歳科学大,理研,物材研,NTTNEC,日立,FESTA,ソニー,旭硝子のメンバーを見かけた.委員長はSandia National Lab.S. Linだが,会場の手配などはUCLAYablonovitchの援助があったと思われる.主要な参加者としてはYablonovitchUCLA),JohnToronto Univ.),SchererYarivら(Caltech),JoannopoulosJohnsonら(MIT),SoukoulisHoIoa State Univ.),LinFlemingChowSandia関連),KraussUniv. St. Andrews),BenistyOrsay Univ.),PendryImperial Collage London),TurberfieldOxford Univ.), MeseguerMadrid Material Lab.),Chan(中国),RyuKAIST)など.見かけなかった主要研究者はWeisbuchEchole Polytech.),RusselUniv. Bath),FanStanford Univ.),大高(千葉大)など.

講演の構成: チュートリアル講演(各1時間,3件),招待講演(各25分,32件),一般講演(各15分,27件)およびポスター講演(102件)で構成された.これまでは議論が大変豊富な会議であったが,今回は発表件数が比較的多いため休憩が短く,またランプセッションのような議論のセッションが用意されなかった.そのため単発の講演だけという印象で,一部からは不満が出ていた.ただし北米の最新データがそろったこともあり,内容は前回よりもハイレベルだった.

トピックス: 前回は導波路が話題の中心だったが,今回は数が減った.積極的に研究している欧州の参加が少なかったことも原因である.京大の野田氏は微小フィルタを7個集積して分波機能を実証し,聴衆を驚かせた.CaltechKAISTなどのマイクロレーザの講演が目立った.オーパルは均一性が向上し,スーパープリズムの議論が活発化した.Pendry,納富氏などが発端となった負の屈折とそれに関連する左手系光伝搬が物理系では一番の盛り上がりを示した.フォトニック結晶ファイバの発表もあったが,それ以上にOmnidirectional mirror(多層膜)を使った中空ファイバが実用レベルにあることが報告された.本会議のスポンサーになったUCLA数学系学科からは,所望の特性を表す構造を探索する逆問題が固まりで発表された.ポリマーの結晶やバイオ(生物)の結晶で完全バンドギャップが可能という話題もあった.Sandiaはタングステン3次元結晶において黒体輻射の増強を示し,会場を沸かせた.MITは非線形計算の発表が目立った.YablonovitchKraussBenistyといった分野の草分けたちはやや息切れの印象である.Yablonovitchはベンチャー企業を立ち上げ,フォトニック結晶導波路を母体とするWDM光回路を作っており,「相当話は進んでいるが,詳細は話せない」とのことだった.ただし本当かどうかはわからない.

各講演(内容を誤って聞いている可能性あり.気が付いたら指摘してください.)

Tutorial 1: S. John (Toronto Univ.): 3次元結晶と金属結晶を中心に,基礎から応用までを解説.噂には聞いていたが,タイトルはスターウオーズのタイトルのようで,構造,電磁界,グラフなど全編にちりばめられた3次元CGには驚かされる.スパイラル結晶を研究している学生1名が作ったそうで,1年以内にDVDを含む本として売り出すそうだ.かつてJohnは比較的地味な物理学者という印象をもっていたが,この発表はとんでもなく派手で,フォトニック結晶に限らず,理工系プレゼンテーションのひとつのエポックメーキングになっている.

Tutorial 2: A. Scherer (Caltech): 早くからCGを取り入れたSchererだが,Johnの後では地味に感じる.それでもマイクロレーザは成果が豊富.単一欠陥のQ値は300程度で,上下と左右の対称性を崩すことがポイントであることを強調した.縦長のセルも可能性があるかもしれない.理論Q10000以上の構造で室温発振を報告した.GaN系レーザの製作,二つの結合欠陥も紹介.

Tutorial 3: A. Figotin (UC Irvine): 磁性体を使った一方向性結晶と非線形結晶の基礎理論.よく理解できなかったが,こういう研究は次のデバイスのために重要で,日本の物理系も追求すべき.

A-1: E. Yablonovitch (UCLA): お決まりのようなOpening presentation,ただし新しい話題はほとんどなく,最近作った会社で2次元光回路を作る構想を相変わらず紹介.

A-2: J. D. Joannopoulos (MIT): これもお決まりの配置.今回は負の屈折,スミスパーセル,動く結晶によるドップラーシフトを計算していた.納富,大高氏をそれぞれ引用していたのが印象的.負の屈折ではスーパーレンズ現象で2l/3が解像できることを紹介.ドップラーシフトではパルスが波長を変えるアニメーションを見せていた.ただしややネタ切れの印象があった.

A-3: A. Yariv (Caltech): アメリカ光学界の大御所がブラッグ反射型導波路をレーザに利用する理論を紹介.特に新規性を感じなかったが,線欠陥導波路が低損失になる幅がa/43a/45a/4...となることを予測していた.

A-4: S. Noda (京大): 点欠陥フィルタ,DFBレーザ,3次元結晶の発光制御を紹介.既発表と未発表を明確に区分けして研究の進展を強調し,新しい成果の豊富さにみな言葉を失う.国内未発表として,7個の点欠陥フィルタ(格子ピッチが1.25nmずつ異なる)を集積化して分波特性を発表.

A-5 D. C. Dobson (Univ. Uta)など数学系: 所望のバンド特性を設定し,それを実現する構造を導く逆問題.数学的に解けるものと数値計算が必要なものがある.様々な形のセル構造が紹介された.

B-1 T. F. Krauss (Univ. St. Andrews): MZ干渉計,方向性結合器などの導波路素子の計算と一部実験を紹介.導波路結合型分岐に似た分岐で比較的低損失が得られている.スーパープリズムの実験では分解能が20nmと大きい.スペクトルは明快ではなく,構造が最適化されていないようだ.損失が大きすぎて既存システムには受け入れられない,というYarivの意見をKrauss自身が容易に受け入れたのは問題.

B-3 E. Chow (Agilent Technology): 線欠陥導波路の最近の評価を紹介.孔径の大きなチャネルで導波路損失は2530dB/mm

B-4 K. Inoue (千歳科学大): FESTAとの共同のの実験.導波路曲げで損失1dB以下,帯域36nm

B-6 T. Yoshie (Caltech): Scherer研のマイクロレーザ.InAs量子ドットとGaAs系結晶で室温パルス(2nm3% duty)発振.しきい値照射パワー120mWは低い.2個の結合共振器でダブルピークを確認.

C-1 D. Norris (Univ. Minnesota): mmサイズの均一なシリカオーパル,およびCVDによるSiでそれを埋めたインバースオーパルを紹介.透過特性がかなりよく理論と一致しており,インバースオーパルのバンドギャップも確認.オーパル成長過程をビデオで紹介していたのが印象的.

C-2 V. Colvin (Rice Univ.): 同様のオーパル系で,製作法はNorrisと類似.スーパープリズムによる光偏向をセンサとして利用する試みを初めて紹介.

C-3 A. Turberfield (Oxford Univ.): PECS IIのポストデッドラインで干渉露光3次元結晶を鮮やかに発表し,彗星のように現れた.しかし今回は全く進展がない.

C-4 C. Lopez (Inst. Ciencia de Materiales de Madrid) Meseguerのオーパルグループだが,今回は物材研の宮崎氏との共同.マイクロマニピュレーションでダイヤモンド構造の3次元結晶を発表.

C-6 S. Kawakami (東北大): 国内でも発表した導波路と回路.新しい試料で損失0.4dB/mmに低下.

E-1 M. Loncar (Caltech): ロンチャーが正式な呼び方.GaInAsPマイクロレーザ.厚さ330nm,孔径258nm2r/a=0.588Si3N4マスクをCHF3ガスで転写.点欠陥の横の円孔を縦25%以上長くしたとき,低しきい値220mWで発振.1030nsパルス,13% duty.発振は難しくないそうだ.

E-2 H. Y. Ryu (KAIST): 現在NTTの納富グループにいるが,成果はKAISTのときのもの.モノポール,正方格子,WG ModeなどのGaInAsPマイクロレーザを紹介.レジストを用いた半導体直接エッチングの前に,イオンミリングの1分間プラズマ照射(加速600V)で表面を硬くするのがポイントなようだ.

E-3 J. Meyer (Naval Res. Lab.): 端面発光と面発光2次元DFBレーザの最適化の実験と計算.格子をウエハに対して斜めに配置し,縦横ピッチを変えることでmm幅のストライプでの端面単一モード高出力を実現.面発光では800mm角で30%以上の面出力を計算.

E-4 M. Kamp (Univ. Wurzburg): Forchelのグループの2次元結晶ミラーを用いた導波路レーザ.電流注入でしきい値2050mAの発振を実現.単なる線欠陥導波路レーザでは安定が得られず,六角形共振器をわずかなフォトニック結晶で分離結合させた構造で安定化が可能なことを紹介.

E-5 R. Shimada (Kyoto Univ.): Univ. Sheffieldに滞在中の研究で Kraussらとも共同.ドットを含むマイクロレーザの極低温発振で,国内発表済み.

E-6 S. Iwamoto (Univ. Tokyo): これもドットを含むマイクロレーザの共振特性観測.国内発表済み.

F-1 J. Pendry (Imperial College): 負の屈折や増幅されたレンズがもたらす物理現象を解説.負の屈折ガラスで作られた円筒で,円筒内の物体を円筒外に拡大できることを紹介.

F-2 S. Schultz (UC San Diego): 負の誘電率と負の透磁率を組み合わせることで,v = 1/(em)が実数となり,「左手系」の光伝搬が可能になることを議論.今回のトピックスの一つ.

I-3 Y. Fink (MIT): 多層膜で内壁をコーティングした空洞ファイバ(Omni Fiber)の最近の進展を紹介.ハイパワー伝送応用で,CO2レーザ光の伝搬損失1dB/m.通信応用も視野.

I-4 E. L. Thomas (MIT): 様々なポリマーフォトニック結晶を報告.またユニットセルを変形させたときにできる完全PBGを示し,海中生物の表面構造にそれと類似名ものがあることを紹介.

I-5 J. Fleming (Sandia National Lab.): Omni Fiberと類似な構造を基板中に埋め込む技術を紹介.

J-1 M. Soljacic (MIT): 3次非線形を含む点欠陥共振器での双安定とダイオード動作の理論計算.

J-5 S. Lin (Sandia National Lab.): タングステンの3次元結晶で波長820mmでのPBG,および18mmでの熱輻射の増強を実証.波長4ミクロンの効率40%PBGが広すぎる,この効率が他の輻射と比べて絶対的に有利か,など物議をかもしたが,トピックスであることは間違いない.

K-1 M. Notomi (NTT): 導波路と負の屈折を解説.国内発表と同じ.負の屈折は比較的古い.

K-3 K. Sakoda (北大): フォトニック結晶中の超放射の理論.私には少々難解.

K-4 T. Baba (横国大): スーパープリズムの分解能の議論は多くから歓迎されたように思う.kベクトルプリズムまで紹介し,期待が集まったが,一部理論の見落としがあったことに気が付いた.質問は第4バンドの特性,入出力効率,3次元計算の必要性など.

K-6 G. R. Hadley (Sandia National Lab.): 線欠陥導波路の放射損失の議論.いろいろ議論が出たが,結局,NTTの議論を再確認したもののように思われた.

L-1 K. M. Ho (Iowa State Univ.): 2次元,3次元結晶の導波路の組み合わせの計算.3次元結晶ウッドパイル構造で,どのように線欠陥を入れるか,京大と同様の議論.

以上のオーラル発表の他に多数の注目すべきポスター発表があったことも付記したい.

次回の開催: 20043月に淡路島で開催されることが確認された.委員長は京大・野田氏の予定.

Caltech訪問: LA郊外のPasadenaにあるカリフォルニア工科大学.多くのノーベル賞受賞者を輩出し,アポロやボイジャー計画に絡んだジェット推進研究所があることでも有名な大学だが,UCLA等に比べるとこぢんまりしている.ただしスペイン風の建物がライトアップされている様子は美しく,静けさがある.訪ねたのはScherer研だが,当のSchererは早く帰ってしまい,博士学生のYoshieLoncar両名に案内してもらった.学生の活動は個人主義,実力主義で,各人が主張をもっており,勤勉でいかにも優秀.設備は新しい装置もあるが,手作りの装置も多い.博士の学生は,常に世界を見据えた将来像を描いているように思えた.Schererは数年前に恒久的な教授ポストを獲得し,さらにパトロンが付いたようで,大学からは給料をもらわずに悠々自適なようである.